さよなら渡辺仁先生
みなさんこんばんは。
2月15日の夜です、今年のバレンタインデーは早々と過ぎ去り、明日から2月後半に入ろうとしています。
最近、ショックなニュースがありました。
金曜日の朝、医院でFAX見たところ、「渡辺仁先生ご逝去」のお知らせが入ってました。
え、マジ? 前日の木曜の夜に尼崎の勉強会で関西労災眼科部長の中田先生に会ったやん、何も言ってなかったやん。
まさかな、だってこないだ半年以内の竹園ホテルの懇親会で、隣同士で1時間半くらいバカな話を、昔話をして、めちゃくちゃ盛り上がってたじゃないですか。そんなに身体悪かったんですか。
信じられへんから、兵庫県眼科医会に電話して、あの関西労災の部長されてた渡辺先生ですか?と聞いたもん。
そうです、と答えられて、何でやねん。という気持ちになった。
お通夜は13日の金曜日、嫁さんに喪服を持って来て貰って、診療終わってから車で逆瀬川まで送ってもらった。ほんまは行くの嫌やってん、だって、死んでること信じたくないから。
でも、行って良かったと思う、お焼香をして、棺の中の顔を見たら、
立派に死んでた。
めちゃくちゃ死んでた。
絶対に生き返ることはない、ちゃんと死んでたわ。
そして、2月14日のバレンタインデーにお葬式。僕は行けなかったけど、滅茶苦茶ダンディーやな、一時期「ワクドナルド」と言って、一世を風靡してたあの渡辺先生が死ぬ時はバレンタイン以外には無いやろ。僕には誰ももう教えてくれんと思うけど、いい葬式だったに違いない。
僕と渡辺仁(ワタジン)先生とは、それが聞ける仲だった。
あの先生の葬式、どんなんでしたか?
その時の雰囲気が良く分かるワードで、いやライバルが来ててびっくりしたとか、
有名人が来てて格好良かったよ、
とか、誰々先生が泣いてたとか、
きちんと情報を織り交ぜて伝えてくれる人間味のある人やった。
僕を研修医時代からよく見てくれていて、僕の性格を良く分かってくれて、
それなりに理解してくれて、阪大の先輩の中では一番好きだったかもしれない。
お通夜に行く寸前、外来がはけて、僕がワタジンの話をしながらコップを洗っていたら、
突然、取っ手が取れた。
10年間使ってきたゼーレのカップが壊れた。
ああ、いまワタジン来てたのね、冷やかしてすみませんと思った。
このカップも、そろそろ次のに替えなさいということなんだと思って、
7年前から用意してたマグカップを出しました。
今度はガンダムだ
また明日から新しい時代が始まる。





